1. 収益性分析
1.1 主要な収益性指標の推移
指標 | 2020年 | 2021年 | 2022年 |
---|---|---|---|
売上高(百万ドル) | 24,540 | 28,318 | 28,541 |
売上高成長率 | 10.0% | 15.4% | 0.8% |
売上総利益率 | 74.6% | 74.2% | 75.4% |
営業利益率 | 25.4% | 24.2% | 22.8% |
純利益率 | 19.3% | 20.3% | 20.5% |
ROE(株主資本利益率) | 38.0% | 55.9% | 59.9% |
ROIC(投下資本利益率) | 15.3% | 16.6% | 15.4% |
1.2 収益性の分析
-
売上高:
- 2020年から2021年にかけて15.4%の大幅な成長を見せましたが、2022年は0.8%とほぼ横ばいでした。
- 2021年の成長は主に、COVID-19関連製品の売上増加と主力製品の好調な販売によるものです。
- 2022年の成長鈍化は、COVID-19関連製品の需要減少が主な要因ですが、主力製品の継続的な成長によって相殺されています。
-
売上総利益率:
- 3年間を通じて74%〜75%の高水準を維持しています。
- これは、高付加価値の革新的医薬品に注力するイーライリリーの戦略を反映しています。
-
営業利益率:
- 2020年の25.4%から2022年の22.8%へと徐々に低下しています。
- この低下は主に、研究開発費の増加(2022年は売上高の24.6%)によるものです。
-
純利益率:
- 3年間で19.3%から20.5%へと緩やかに上昇しています。
- 税効果や金融収支の改善が寄与していると考えられます。
-
ROE(株主資本利益率):
- 38.0%から59.9%へと大幅に上昇しています。
- これは、純利益の増加と自社株買いによる株主資本の減少が要因です。
-
ROIC(投下資本利益率):
- 15%前後で安定しており、資本コストを上回る水準を維持しています。
- これは、効率的な資本運用を示唆しています。
2. 成長性分析
2.1 製品別売上高の推移(百万ドル)
製品 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | CAGR |
---|---|---|---|---|
トルリシティ | 5,068 | 6,472 | 7,061 | 18.0% |
ベージニオ | 1,033 | 2,363 | 3,741 | 90.4% |
タルツ | 1,790 | 2,239 | 2,951 | 28.4% |
ヒューマログ | 2,625 | 2,452 | 2,345 | -5.5% |
ジャディアンス | 1,154 | 1,476 | 2,097 | 34.9% |
2.2 成長性の分析
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主力製品の成長:
- トルリシティ(糖尿病治療薬)は2年間で年平均18.0%成長し、イーライリリーの主力製品としての地位を強化しています。
- ベージニオ(がん治療薬)は極めて高い成長率(CAGR 90.4%)を示しており、将来の主力製品となる可能性が高いです。
-
新製品の貢献:
- タルツ(乾癬治療薬)やジャディアンス(糖尿病治療薬)など、比較的新しい製品が高い成長率を示しています。
- これらの製品が、ヒューマログなどの成熟製品の売上減少を補っています。
-
治療領域別の成長:
- 糖尿病治療薬(トルリシティ、ジャディアンス)とがん治療薬(ベージニオ)が特に高い成長を示しています。
- これらの領域は今後も市場の拡大が見込まれ、イーライリリーの成長をけん引すると予想されます。
-
地域別の成長:
- 米国市場が引き続き最大の市場(2022年の売上高の60.6%)ですが、新興市場での成長も注目されます。
- 2022年の新興市場売上高は39億ドル(全体の13.7%)で、今後の成長ポテンシャルが高いと考えられます。
-
パイプラインの状況:
- 2022年末時点で、後期臨床試験(フェーズ3)の薬剤候補が10件あります。
- 特に、アルツハイマー病治療薬候補のドナネマブは大きな期待を集めており、承認された場合は大きな成長ドライバーとなる可能性があります。
3. キャッシュフロー分析
3.1 主要なキャッシュフロー指標(百万ドル)
指標 | 2020年 | 2021年 | 2022年 |
---|---|---|---|
営業キャッシュフロー | 6,990 | 7,268 | 7,708 |
投資キャッシュフロー | -4,282 | -5,332 | -2,042 |
財務キャッシュフロー | -2,614 | -3,604 | -5,835 |
フリーキャッシュフロー | 3,969 | 4,307 | 4,146 |
3.2 キャッシュフローの分析
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営業キャッシュフロー:
- 3年間で着実に増加しており、2022年は77億ドルに達しています。
- 売上高営業キャッシュフロー比率は2022年で27.0%と高水準を維持しており、キャッシュ創出力の高さを示しています。
-
投資キャッシュフロー:
- 2020年と2021年は大規模な投資活動が行われましたが、2022年は投資額が減少しています。
- これは、前年までの積極的な設備投資や企業買収の一巡を示唆している可能性があります。
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財務キャッシュフロー:
- マイナスの値が拡大しており、2022年は-58億ドルとなっています。
- これは主に、自社株買いの拡大(2022年は約42億ドル)と配当金支払いの増加によるものです。
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フリーキャッシュフロー:
- 3年間を通じて40億ドル以上の安定したフリーキャッシュフローを生成しています。
- これは、研究開発投資や株主還元の原資となる重要な指標です。
-
キャッシュポジション:
- 2022年末時点の現金及び現金同等物は36億ドルで、十分な流動性を確保しています。
- 総資産に占める現金比率は7.5%で、適正な水準を維持しています。
4. 財務健全性の評価
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流動性:
- 流動比率(2022年末):1.30
- 当座比率(2022年末):0.96
- 短期的な支払能力は十分に確保されています。
-
レバレッジ:
- 負債比率(2022年末):69.8%
- 長期債務対資本比率(2022年末):114.0%
- 負債水準はやや高めですが、安定したキャッシュフロー創出力を考慮すると、許容範囲内と判断できます。
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利息カバレッジレシオ:
- 2022年:16.4倍
- 利息の支払能力は十分に高く、財務的なストレスは低いと評価できます。
-
配当政策:
- 配当性向(2022年):53.2%
- 29年連続で増配を続けており、株主還元に積極的な姿勢を示しています。
5. 将来の投資能力
-
研究開発投資:
- 2022年の研究開発費は71億ドル(売上高の24.6%)と高水準を維持しています。
- 安定したフリーキャッシュフローの創出により、今後も積極的な研究開発投資が可能と判断されます。
-
設備投資:
- 2022年の設備投資額は約22億ドルで、減価償却費(16億ドル)を上回っています。
- 製造能力の拡大や効率化に向けた投資を継続する財務的余力があります。
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M&A・提携:
- 2022年末時点で36億ドルの現金を保有しており、戦略的なM&Aや提携のための資金は十分にあると考えられます。
- ただし、大型買収を行う場合は追加の資金調達が必要になる可能性があります。
-
株主還元:
- 自社株買いと配当金支払いの合計額は2022年で約68億ドルとなっており、今後も積極的な株主還元が期待できます。
6. 結論
イーライリリーの財務状況は全体として健全であり、安定した収益性と成長性を示しています。主力製品の好調な販売と新製品の貢献により、売上高は着実に成長しています。また、高い売上総利益率と安定したキャッシュフロー創出力は、同社の競争力の高さを示しています。
一方で、研究開発費の増加により営業利益率がやや低下傾向にあることには注意が必要です。ただし、これは将来の成長に向けた先行投資と捉えることができ、パイプラインの充実度を考慮すると、中長期的にはプラスに働く可能性が高いと評価できます。
財務健全性の面では、やや高めのレバレッジが懸念点として挙げられますが、安定したキャッシュフロー創出力と十分な流動性により、現時点で大きなリスクとは判断されません。
将来の投資能力については、継続的な研究開発投資と戦略的なM&Aを行うための十分な財務的余力があると評価できます。特に、アルツハイマー病治療薬候補のドナネマブなど、有望なパイプラインの開発を進めるための資金は確保されていると判断されます。
総合的に見て、イーライリリーの財務状況は堅調であり、今後も持続的な成長と株主価値の向上が期待できると結論づけられます。ただし、新薬の承認状況や競合他社の動向、医療費抑制策の影響など、外部環境の変化には引き続き注意が必要です。